中小企業における最も大きな経営リスクのひとつは、「売上の減少」や「資金繰りの悪化」ではありません。実はそれよりも深刻で、かつ多くの企業が先送りしがちなテーマがあります。それが「事業承継」です。
経営者が高齢化しているにもかかわらず、株式や経営権の引き継ぎ方法が固まっていない・後継者が十分に育っていない・幹部の合意形成ができていない。こうした状態は、金融機関の見方を厳しくするだけでなく、社内の離職リスク、意思決定の停滞、さらには会社そのものの価値毀損につながります。
今回は、静岡県の建設業(以下、A社)がF&M Clubの支援のもとで「承継の設計」と「組織づくり」を同時に進め、円滑な世代交代の道筋をつけた事例を紹介します。
監修:金井弘一朗(元大手信用調査会社調査員)
新卒で大手信用調査会社へ入社し、調査部で延べ1,000社以上の企業を担当。業種別分析・財務評価・信用格付け・面談・レポーティングを通じ、企業の経営課題を可視化。その後関西学院大学客員研究員として、企業分析・リサーチの研究を行った後、株式会社ケイ・ブリッジを設立。経済産業省アクセラレーションプログラム「EXIT」に選定されたほか、経済産業省からの認定も受けるなど数多くの賞を受賞。
現在は中小企業を中心に、経営分析・戦略立案・マーケティング支援の伴走も行っている。
また、「パソコン博士の知恵袋」や「建築現場の知恵袋」など複数の専門メディアで記事監修を務めるなど、幅広い監修実績を持つ。
A社は、現社長が高齢となり、次の世代への承継をどう進めるかが最優先の経営課題になっていました。後継予定者は社長のご子息。ただし状況は単純ではありませんでした。
企業概要
業種:建設業
所在地:静岡県
従業員数:19名
A社は従業員20名に満たない規模ながら、地域では確かな顧客基盤と信用を持つ企業です。一方で、社長中心で意思決定が行われており、次世代の幹部層が「実際に経営を回した経験」を持っていない状態でした。つまり会社としての“形”はあるが、次世代の“運転手”が育っていない状態だった、と言えます。
親族内承継を想定しているが、取締役との力関係・社内の空気もあり、拙速には進められない
会社の株式が社長に集中しており、株式譲渡の段取りが固まっていない
後継予定者の育成プランが明文化されていない
社内体制自体が「今の社長ありき」で回っており、仕組みが属人化している
要するに「社長がいなくなると組織が止まる」構造だったわけです。
金井弘一朗(元大手信用調査会社)のコメント:
信用調査の現場では、高齢な経営者だった場合、後継者不在はそれだけで大きなリスクと評価されます。
代表の代わりに意思決定できる人がいるかというポイントも経営者に何かあった時の保全となります。
逆にいえば、事業承継計画が明文化されている会社は、金融機関から見て安定性が高いと判断されやすく、A社のように“株式の承継方法”と“経営体制の承継”を同時並行で整えることは、まさに格付にも影響する要素です。
A社はF&MClubとともに、承継の検討を「あとで考える話」から「今から動かす計画」に引き上げました。ポイントは、単なる“跡継ぎの指名”ではなく、経営そのものの引き継ぎ準備まで踏み込んだことです。
まず、株式譲渡に関する整理を行いました。現経営者が保有する株式をどのような評価額で後継者に渡すのか、どのタイミングでどこまで移すのか。その基準として、会社の純資産額を用い、具体的な株価イメージを伝え、社長・後継予定者・顧問税理士の間で共通の土台を作りました。
これは感情論ではなく「この会社はいくらで引き継ぐのか」を客観化するプロセスです。
金井弘一朗(元大手信用調査会社)のコメント:
株価の話は“お金の話”なので、親子でも揉めます。もっと言うと、周囲の役員も不安になります。
だからこそ、純資産ベースなど客観的な基準を用いて「この会社はいくらの価値があるのか」を見せることが重要です。
信用調査の立場では、株式の承継計画が整理されている企業は「支配権が安定しており、経営権の移転がスムーズ」と判断しやすくなります。これは金融機関にとって非常に好材料です。
株式をどのタイミングで、どの割合で譲渡していくのか。そのステップを時系列で整理し、承継計画の骨格をつくりました。
金井弘一朗(元大手信用調査会社)のコメント:
ここで重要なのは「いきなり全てを渡して社長交代」といった劇的な引き継ぎにしなかったことです。
段階的に株式と権限を移すことで、社内の心理的な混乱を抑えつつ、現社長の影響力を徐々に“監督・助言側”へ移していく道筋を描いていきました。
これは、後継予定者本人にとっても、既存の取締役にとっても安心材料になります。
事業承継は「名刺の肩書を変えること」ではありません。後継者本人に“経営者としての判断軸”を持ってもらうことが必要です。
A社では、後継予定者の育成のために、エフアンドエムビジネススクールへの参加を提案・実行しました。
財務・組織マネジメント・労務・リスク管理といった経営者に不可欠な視点を、社長の外側で体系的に学ばせることで、「親のやり方をなぞるだけの二代目」ではなく「自分の言葉で語れる経営者」になる基盤を整えました。
金井弘一朗(元大手信用調査会社)のコメント:
“二代目が社長のコピーになる”という承継は、10年持ちません。
信用調査では、後継予定者本人にヒアリングすることがありますが、そこで問われるのは「何を守り、何を変えるつもりか」。
ここで明確に話せる後継者は、評価が高い。教育の場を外部に持つことは、後継者の独立性と説得力を高める意味でも非常に重要です。
A社の支援内容は、後継者だけにフォーカスしていません。
従業員全体の底上げにも踏み込みました。
従業員のスキルを高めるために、オーダーメイド型の社内研修を導入
人事考課制度(評価制度)をつくり、役割と期待値を明文化
属人的だったオペレーションを「人ではなく仕組みで回る状態」に寄せる
これは、単に「社長が交代しても現場が混乱しないようにする」というだけではありません。次の社長が就任した瞬間から、“権限移譲したのに現場が動かない”という典型的な承継失敗パターンを防ぐ狙いがあります。
この一連の取り組みによって、A社は次のような状態に近づきました。
株式の譲渡方法とタイミングが明文化され、経営権の移転シナリオが社内で共有できるようになった
後継予定者が「社長の息子」から「次の経営者候補」として育ち始めた
従業員にも評価制度と研修が導入され、組織としての自走力が強まった
結果として「社長が変わったら会社が止まる」という構造的リスクが、計画的に下がったといえます。

金井弘一朗(元大手信用調査会社)のコメント:
信用調査や金融機関の目線でいちばん安心できるのは、“会社が回り続ける設計になっていること”です。
売上や利益は一時的に上下しますが、経営体制の安定は一朝一夕では手に入りません。
A社は、株・権限・教育・組織運営をそれぞれ分解して準備を進めたことで、「後継者あり・組織あり・計画あり」という、極めて評価しやすい状態をつくっています。
A社の事例から見える教訓は、次の3つに集約できます。
承継は“感情”ではなく“設計図”にする
株式、株価、引き継ぎのタイミングを数値とスケジュールで明文化する。
後継者は「後継させながら育てる」
外部で学ばせ、経営の言語を持たせることで社内の納得感も高まる。
組織は「社長がいなくても動ける状態」にしておく
人事制度・教育・役割定義。この整備ができていない会社は、社長交代後に一気に崩れる。
金井弘一朗(元大手信用調査会社)のコメント:
事業承継は“いつかやるもの”ではなく、“今から始める経営改善”です。
承継の準備がある会社は、金融機関にとって「長く付き合える相手」になります。
逆にそこが曖昧だと、どれだけ今期の数字が良くても「社長がいなくなったら終わる会社」という評価になってしまうことも珍しくありません。
A社の取り組みは、単に「誰が次の社長になるのか」を決めた話ではありません。
それは、事業を止めないための準備であり、従業員が安心して働き続けるための土台づくりであり、そして金融機関や取引先から「この会社はまだ続く」と思ってもらうためのメッセージでもあります。
事業承継は、先送りすればするほど社内の空気が重くなります。
一方で、株式の渡し方・タイミング・教育・人事制度を一つずつ整えていけば、「会社を次世代に渡す」ことは十分に再現できます。
こうした“承継まで含めた経営管理”を伴走するパートナーとして、F&MClubは、株式の引き継ぎ設計から後継者の育成プログラム、社内人材の底上げ研修、人事制度の構築までを一気通貫で支援しています。
すでに累計48,000社以上の中小企業が活用し、次の世代に会社を渡す準備を前倒しで進めています。